昔の原稿2006年1月版(スパイウェア)
2006年1月に書いた雑誌用の原稿です。ご参考までに。
なお、当時の法律等に基づいていますので現在の法律や判例、ガイドライン、解釈と異なる可能性があります。
あくまで「過去の原稿」ということをご了承ください
・スパイウエアをメールなどに仕込んで他人の個人情報を盗み出す
のは違法行為か?あるいは、スパイウエア入りのメールを送っただけ
でも違法行為か?
スパイウエア入りのメールを送る行為そのものは現在の日本の法律では制限されているとはいえません(「通信の秘密」を侵害するようなスパイウエアについては後述)。ただ、スパイウエアが組み込まれた結果、コンピューターの動作に影響を与えたり、個人情報が流出してしまうような場合には、違法といえる場合があるでしょう。また、より限定されたケースですが、スパイウエアを仕込まれた側の「通信の秘密」が侵害されるような場合には、電気通信事業法や有線電気通信法の罰則の適用があるかもしれません。
①電子計算機損壊等業務妨害罪(刑法234条の2)
刑法234条の2はコンピューターそのものやプログラム、ファイルを損壊したり、不正な指令などを与えて、コンピューターをダウンさせたり、正常に動作させないようにして業務を妨害することを犯罪としています。5年以下の懲役又は100万円以下の罰金という罰則が設けられています。
スパイウエアをメールなどに仕込んで、他人のコンピューターに影響を与え、業務を妨害した場合には、この犯罪が成立することもあるかもしれませんが、単に個人情報を盗むにとどまる場合にはこの犯罪は成立しないでしょう。
②個人情報保護法17条違反
個人情報保護法17条は「個人情報取扱事業者は、偽りその他不正の手段により個人情報を取得してはならない。」と規定しています。スパイウエアが「不正の手段」といえるかどうかですが、個人情報を盗み出すためのスパイウエアについては、利用者もそのようなスパイウエアを承諾していたとは通常考えられませんので、「不正の手段」といえるでしょう。したがって、個人情報取扱事業者がこのようなスパイウエアを利用して個人情報を取得すれば個人情報保護法17条に違反するものと考えます。
③不法行為(民法709条)
スパイウエアがコンピューターに仕込まれたため、コンピューターの動作が遅くなったり、スパイウエアをアンインストールできず再度OSからインストールせざるを得なくなったなどコンピューターそのものに何らかの損害を受けてしまったような場合や、個人情報が流出してしまって損害を受けてしまったような場合には、民法上の不法行為責任(民法709条)が発生することも考えられます。
④「通信の秘密」侵害
もし、スパイウエアが「通信の秘密」を侵害する態様(例えば電話の盗聴のように)で動作するものであれば、電気通信事業法179条1項(2年以下の懲役又は100万円以下の罰金)、有線電気通信法14条1項(2年以下の懲役又は50万円以下の罰金)の罰則の適用が考えられます。また、かなり限定されたケースだとは思いますがこのようなメールを送りつける行為が未遂罪を構成することもあるかもしれません(電気通信事業法179条3項、有線電気通信法15条)。ただ、実際に起訴するのは難しいでしょう。
・駆除サイトを装ってスパイウエアをインストールさせるサイトが存在
するが、法律的に問題ないのか?
駆除サイトを装っているにもかかわらずスパイウエアをインストールさせてしまうというのは道義的には非常に悪質です。ただ、最初の質問と同じようにスパイウエアをインストールさせるサイトが存在しても現在の日本の法律では制限されているとはいえません。ただ、場合によっては電子計算機損壊等業務妨害罪や個人情報保護法違反、不法行為責任が成立する場合もあり得るでしょう。通信の秘密の侵害についても同様です。
・「スパイウエアを使った浮気調査は違法」という判決がアメリカ・フロ
リダ州で出たが、日本でも違法行為になる可能性はあるのか?
オンラインゲーム上での夫と妻以外の女性との間の会話ログを妻がスパイウエアを利用して取得した場合、①そもそも妻の行為が違法なのか、②妻が取得した会話ログは離婚訴訟や不倫の損害賠償の訴訟で証拠として用いることができるか、が問題となります。
①妻の行為は違法といえるか?
電気通信事業法4条、有線電気通信法9条は、通信の秘密は侵してはならない旨規定し、通信の秘密を侵した場合には罰則があります(電気通信事業法179条1項、有線電気通信法14条1項)。例えばスパイウエアの使用が電話回線に盗聴器をつけたケースとほとんど同じといえれば罰則の適用もあり得るかもしれません。
民事上も夫や相手の女性のプライバシーを侵害する不法行為(民法709条)であるという評価もできるかもしれません。
②妻が取得した会話ログを証拠として用いることができるか
刑事事件の場合には、法廷で証拠として用いることができる証拠には証拠能力が必要となります(刑事訴訟法319条~)。証拠能力がない証拠は法廷では証拠として取り調べることができません。例えば、警察が令状なしに違法に押収した証拠には証拠能力を認めないという場合があります。
離婚訴訟や損害賠償請求のような民事の事件の場合にはどうでしょうか。民事訴訟の場合には原則としては証拠能力に制限はありません。例外もありますが、妻の浮気調査が違法なプライバシー侵害だとしても、妻が取得した会話ログについては証拠能力を認める可能性が高いのではないでしょうか。
条文
刑法
(電子計算機損壊等業務妨害)
第二百三十四条の二 人の業務に使用する電子計算機若しくはその用に供する電磁的記録を損壊し、若しくは人の業務に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与え、又はその他の方法により、電子計算機に使用目的に沿うべき動作をさせず、又は使用目的に反する動作をさせて、人の業務を妨害した者は、五年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
個人情報保護法
(適正な取得)
第十七条 個人情報取扱事業者は、偽りその他不正の手段により個人情報を取得してはならない。
民法
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
電気通信事業法
第百七十九条 電気通信事業者の取扱中に係る通信(第百六十四条第二項に規定する通信を含む。)の秘密を侵した者は、二年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
2 電気通信事業に従事する者が前項の行為をしたときは、三年以下の懲役又は二百万円以下の罰金に処する。
3 前二項の未遂罪は、罰する。
有線電気通信法
第十四条 第九条の規定に違反して有線電気通信の秘密を侵した者は、二年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
2 有線電気通信の業務に従事する者が前項の行為をしたときは、三年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
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