昔の原稿2006年9月版(匿名掲示板の犯罪予告)
2006年9月に書いた雑誌用の原稿です。ご参考までに。
なお、当時の法律等に基づいていますので現在の法律や判例、ガイドライン、解釈と異なる可能性があります。
あくまで「過去の原稿」ということをご了承ください ●匿名掲示板の犯罪予告 ・2ちゃんねるなどの匿名掲示板で「●●を爆破する」「○○を殺す」と書いただけでも違法行為か? 例えば、実在する建物や施設を爆破するなどと書き込んだり、実在する人物(「○○小学校の小学生」とか「○○株式会社の社員」といった特定の範囲の多数の人物の場合も含みます)を「殺す」などと書き込む場合には、違法となると考えられます。 まず、実在する建物や施設を爆破するなどという書き込みがあった場合ですが、威力業務妨害罪(刑法234条)が成立する可能性があります。「威力」という言葉からは強い力を使って業務を妨害することを思い浮かべるかもしれませんが、法律上の「威力」というのは「人の意思を制圧するような勢力を用いる」場合を広く意味しています。例えば、満員の食堂にヘビを投げ込んで大混乱に陥らせた場合には威力業務妨害罪が成立するとした判例もあります。 匿名掲示板に「●●を爆破する」と書き込まれた対象が例えば空港や鉄道などといった公共機関の場合には、テロが懸念される現在の状況では設備の責任者としても書き込みを無視できないケースが多いと思われます。警察に通報して爆発物を捜索してもらったり、一時的に飛行機や電車の運行を停止したりすることにもなるでしょう。書き込みという一種の力を用いて設備の責任者や営業主体の意思(本来は通常どおり運行を継続したいという意思)を制圧する結果を招いているということになります。したがって、威力業務妨害罪が成立するということになります。 では「○○を殺す」といった書き込みがなされた場合にはどうでしょうか。○○さんが実在の人物であったり、特定の多数の人物であったりしても、対象となった○○さんや、その家族は「恐ろしい」という気分になるでしょう。このような書き込みは脅迫罪(刑法222条)に該当することになります。 また「○○を殺す」と書き込まれた○○さんが有名人の場合には、○○さんが関係するイベントが中止になったりするなど仕事にも影響する可能性があります。このような場合には威力業務妨害罪も成立する可能性もあります。 民事の面でも不法行為(民法709条)が成立し、損害賠償を請求される可能性もあります。 ・犯罪予告の書き込みで逮捕された人間は複数いるが、犯罪予告の書き込みがあった掲示板の管理者は、書き込み者の個人情報を公開しなければならないのか? 書き込み者の個人情報を開示したり公開することは原則として通信の秘密(憲法21条2項、電気通信事業法4条)を侵害し違法になるというのが原則となる考え方です(個人情報保護法上違法になるという側面もあります)。もちろん裁判所が発行した令状がある場合には個人情報を開示しても裁判所の令状に従っているだけですから法令に基づく正当な行為と判断され、開示には違法性がないと考えられます(刑法35条、個人情報保護法23条1項1号)。例えば、書き込みが脅迫罪、威力業務妨害罪、名誉毀損罪など犯罪行為に該当すると考えられる場合には、警察は裁判所から捜索差押令状の発付を受けることになるでしょう。管理者には警察から令状を提示されても個人情報を開示する義務があるわけではありませんが、令状があるにもかかわらず開示しない場合には、警察がサーバーやログが納められた記憶装置などを差し押さえて持って行ってしまいますから、事実上は開示義務があると考えてもよいかもしれません。 自殺予告などの場合はどうでしょうか。自殺は我が国では犯罪ではありません。ただ、自殺予告を放置しておくことは人命保護の観点からは問題であり、自殺を防止することが警察やプロバイダ、掲示板の管理者に期待されていると考えられます。そこで、現在では「インターネット上の自殺予告事案に関するガイドライン」が業界団体において定められており、緊急避難(刑法37条1項本文)に該当する場合には、開示する義務はないが警察からの照会に基づいて開示をしても違法性はないと考えられています。 ・HNを使わず、インターネットカフェから書き込めば、特定できないのでは? 警察がIPアドレスを追跡し、仮にインターネットカフェから書き込んだことが判明したという場合には、書き込み者の特定は困難であると考えられます。しかしながら、インターネットカフェからの違法な書き込みに限らず、不正アクセス、ネット上の詐欺など犯罪行為がインターネットカフェを踏み台にして頻繁に起これば警察としても対策を考えますし、インターネットカフェとしてもインターネットカフェがネット犯罪の温床であると指摘されることをおそれて対策を考えることになるでしょう。 例えば、警察当局からインターネットカフェに対する防犯指導が行われたりすることもありますし、インターネットカフェ側も入店時、会員登録時に身分証明書を求めたり、置き引きや万引きなどへの対策として監視カメラの設置なども行われているようです。また、特定の匿名掲示板への書き込みができないようにするなどの対策が採られているケースもあるそうです。 犯罪予告を愉快犯的に行うことは、逆にネット利用に対する規制を強めることにもなりかねません。無思慮な書き込みによって社会に迷惑をかけることがないようにしましょう。 刑法 (緊急避難) 第三十七条 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。 2 前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。 (脅迫) 第二百二十二条 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。 2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。 (信用毀損及び業務妨害) 第二百三十三条 虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。 (威力業務妨害) 第二百三十四条 威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による。 |
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